2017年5月27日
助産師だった母
宮本恵子さん
 今は亡き母は助産師でした。65年以上、天職として貫き、6500人の子どもを取り上げたのでした。学校から帰っても、母は滅多におりません。仕事がわかっているので、私は弟たちの子守をしたものでした。母は私に「生まれてくる子供には責任はないのよ」と、口癖のように話していました。オギャーと生まれてきた赤ちゃんを手にした時には、必ず立派な大人になるように祈り、一人ももれなく育ってと願っていました。
 特に印象に残った赤ちゃんが2人の男の子。生まれた時からとても大きかったそうです。彼らが成長して、田舎の学校ながら初めて高校野球に出場することを新聞で知った母は、うれしくてお祝いを送ったそうです。彼らはピッチャーとキャッチャーでした。
 現代は病院でのお産ですが、母の時代は一対一のお付き合いでした。家族のようなつながりがあったのでしょう。母のお葬式は、あまりの参列者の多さにびっくりしました。「先生、お世話になりました」の声が、今も耳に残っております。
 母は命を授かる仕事が大好きだったのでしょう。しかし他の赤ちゃんにはとても優しい眼差しを送っていましたが、我が子は厳しくしつけました。大人への成長は並大抵ではないでしょうが、夢や希望があり、不可能を可能にすることが人生だと思います。赤ちゃんを我が手にしたならば、立派に育てるのが親の務めであり、責任でしょう。未来に向かってネ…。