2016年10月22日
一番の大声
ノッコちゃん
 2度の流産で、私は子供に恵まれない、と覚悟した。夫は「いなけりゃいないでいいよ」と優しい。結婚して5年、ひそかに不妊外来を訪ねた。頸(けい)管無力症からくる習慣性流産。
 絶望の中で3度目の妊娠を知り、かけがえのない福音(ふくいん)に小躍りした。夫からは外出禁止令が出て、腫れ物を触るような日々。しかし、また安定期の6カ月くらいに出血をみてしまった。「やはりまた。ダメなんだ。子どもに縁がないのだ」。情けなくて涙ぐむのが精いっぱい、夫に言葉は無い。即入院、半ばあきらめていた。
 だけど胎児の子宮内での生存、成長を確認した医者があらゆる方法を取ると励ましてくれた。安静生活を強いられたが、出血が止まり、希望が生まれた。私にできることは、がんばる胎児に本当の気持ちを吐露するだけ。絶対に幸せにするから、生まれてきて、産むからね、くらいついていて、パパの悪口を言わないから、お勉強しなくていいから、と語り続けた。
 そしてそれが、通じたのだ。赤い顔で小さなおめめ、あぐらをかいた鼻、そしてパパに似たむちゃくちゃ大きな声。母が「まァいやだわ、諄さんにそっくり」。夫はニコニコと義母の暴言を許していた。
 新生児室で一番大きな声で泣いていた息子。何でも一番はいい。私は、幸せな眠りについた。