2016年9月10日
私自身生死をさまよった出産の記
大前静子さん
 昭和22年8月、戦後間もなく、お産に対する情報も本もなく、家庭分娩での出産を迎えました。当時は前もって入院しての出産は、ほとんど耳にしませんでした。
 一昼夜の苦しみは生死をさまよう思いでした。最後、助産師さんはお手上げ状態で、急きょ医者の手による「鉗子(かんし)分娩」でやっと生まれましたが、子に泣き声はなく、後の話では長男をさかさまに振って数秒後、泣き声を発したと聞きました。
 人生の波は誰しも味わうものでしょうか。現在静岡県に在住の長男は会社で香港の支店長までつとめて退職。しかし、華やかな人生を共に喜び合った2年後、脳梗塞(こうそく)を起こし、左半身まひの生活です。本人はあくまで前向きで、自動車も改造してもらい、生活の範囲を広げているとはいえ69歳です。毎日の無事を祈ることしかできない私も90歳半。
 人生ケセラセラと観念。彼とパソコンとメール、ラインのやりとりに時間を費やす毎日です。